中坊進二の京都イベント紹介

京都に住む中坊進二のイベント紹介です

中坊進二も感心した京都の恋愛成就の七夕祭り

7月のイベントといえば、京都の中坊進二は七夕祭りを思い浮かべます。
中坊進二は子供の頃から七夕に慣れ親しんでいるので、
大人になっても7月7日になると「今日は七夕か」と毎年思っています。
笹を見かけると懐かしい気持ちになっています。

そんな七夕が、中坊進二のいる京都でイベントとなっています。
それが恋愛成就の七夕祭りです。
このイベントは京都市地主神社で開催されています。
この七夕祭りはお祓いの神事で、良縁達成と恋愛成就を祈願します。
そのことから若い女性やカップルで賑わっています。
七夕祭りでは織姫と彦星を見立てた一組の紙こけし
自分と相手の名前を書きます。
固く結び合わせて、本殿両側の大笹につるし恋の願掛けを行います。
毎年恋愛成就を願う人々で境内は盛り上がりを見せています。

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中坊進二はたまたま七夕の時期に京都の地主神社を通りかかった際に、
この七夕祭りを知りました。
女性の数が多く、「何事か?」と思ってびっくりしたそうです。
その後に、地主神社の七夕祭りについて詳しく調べました。
どんな形であれ、京都が盛り上がってくれるのは
中坊進二としては喜ばしいようです。
夏も近づいているのに、
夏の暑さ以上に熱気があるのはむしろいいことだと考えています。
喜ばしいことと思いながら、京都の中坊進二は願いを掛けたのなら
それに見合う努力をしていい人を見つけたり、
いい縁を続けて欲しいと思っています。
結局は大事なのは自分の力や努力なんだと中坊進二は考えています。

これから恋人探しを頑張るため、
また今の縁の大事さを確認する意味でも恋愛成就の七夕祭りは
アリなんだと京都の中坊進二は考えています。
どんな形やきっかけであれ、
前向きになれることはいいことだと思っています。

京都の筏流しを復活させようとする取り組みについて考える中坊進二

京都の保津川筏流しを復活させようという取り組みがあるそうです。
筏流しとは、木材を筏(イカダ)のように組んで川下まで運ぶ方法。
昔はトラックがなかったので、重くて大きな物を運ぶ際は、
よく運河を利用していたそうです。

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復活させようと言っても、それは文化としてだと中坊進二は思っています。
一回で河に流せる量はたかが知れていますので、
トラックで運んだ方が遥かに効率的だと言えます。
しかし、筏流しは京都の街並みを作るのに
大いに重宝した伝統ある工法のひとつでもあり、
これを後世に残そうと、色々な人がこの取り組みに関わっています。

また、文化を残すだけでなく、
川への関心を取り戻そうという想いもあるそうです。
高度経済成長期以降は、造林した木々を伐採する機会がめっきり減り、
筏流しどころかトラックで運ぶこともしなくなりました。
また、工場や生活排水により、川の水はどんどん汚れていって、
川を見る機会は日増しに少なくなっていきました。
中坊進二も、ヘドロで淀んでいる京都の川は好んで見たくないものです。
今でこそ、少しずつ川は綺麗になっていきましたが、
一度失った関心を取り戻すのは難しいです。
だからこそ、筏流しのような文化を復活させることで、
川への関心を取り戻そうとしているのだと、中坊進二は思っています。

京都にはいくつもの川があり、市中にもたくさんの川が流れています。
開発によりコンクリートで埋め尽くす川に変貌したこともありましたが、
今では少しずつ昔の情緒を取り戻そうと、
土手を作ったり、草花を生やす運動が行われています。
中坊進二としても、濁った川よりも透き通った水の方が良いと思います。

京都の納涼床を楽しむ中坊進二

春が終わり、夏の陽射しが強い日が増えてきたと
中坊進二は空を見上げながら思いました。
タンスの衣類もそろそろ夏服に変えようと考えています。
夏が近づくということは、
京都の商店もそうしたメニュー・サービスを取り扱うようになります。
かなり気が早いですが、既に納涼に向けた動きが見えつつあります。
京都の鴨川では、納涼床がスタートしました。

納涼床とは、川の近くにテラス席を設けることです。
冬の間は流石に寒いので、こうした取り組みを行っていませんでしたが、
暑くなれば話は別です。
室内のクーラーが効いている部屋よりも、
川の水で涼む方が健康に良いですよね。
中坊進二はクーラーで体調を崩すので、こうした取り組みは嬉しい限りです。

中坊進二が調べたところ、納涼床の歴史は古く、
豊臣秀吉が居た頃からあったそうです。
江戸時代には、京都鴨川の周りに400軒もの茶屋が並びました。
また、当時は川の上に張り出し式の桟橋を作ったりするなど、
かなり本格的だったそうです。
今では色々と条約があり、簡単には桟橋を作ることが出来なくなりましたが、
昔に比べて高さを稼ぐことが出来るようになりましたので、
眺めだけは良くなったと言えます。

納涼床は茶会ですが、アルコールも嗜めます。
これもまた時代の移ろいというやつかもしれませんね。
昼は茶会として、
夜はビアガーデンとして利用することが出来るかもしれません。
中坊進二も、夏の暑さに参った時は京都鴨川に赴いて、
ビールをクイッとしたいと思います。

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